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おじいちゃんの初盆

本日はおじいちゃの初盆。

昨年の9月におじいちゃんが亡くなって11ヶ月。

おばあちゃん、おかん、うちの家族、妹の家族で初盆を迎えました。

父親が幼少の時から居なかったので、男の身近な人と言えばおじいちゃんやった。
小学生~高校生まで勉強という勉強はした事がなかった俺(今回は僕と言わず俺と言う)。
でも一度も怒られた記憶がない。同じ家に住んでいたのに、「宿題やったか?」とも言われたことが無い。
うちのおかんは、俺たち兄弟を育てるために、夜仕事に行っていた。
おれらの面倒はおじいちゃんとおばあちゃん。

優しい二人。それを好いことに勉強をせず、だらだらと学生時代をすごしてきた俺。

おじいちゃんに生前「なんで俺に勉強しなさいと言わなかったん?」と聞いたとき。
「生きてるだけで幸せや」と言われた。

おじいちゃんは勉強して軍隊の幹部候補生になったが、戦争が終わり勉強しても意味が無いと感じ、
俺に勉強を強制することの意味のなさを感じたらしい。

だから通信簿をおじいちゃんに見せろと言われることもなく、学生時代を過ごした。
この事に自分自身は甘え、高校生までは一切勉強をしなかった。

学生生活を終え、社会人になり、結婚し、子供が生まれ、そして転職。
いまのウエブリーディングという会社に就職した。

初めておじいちゃんが「イサオ頑張ってるな。」と言ってくれたのが、
宅建の勉強をしていると言った時だった。

仕事を8時から9時まで働き、その後毎日4時間勉強。
週一の休みは、図書館で9時から5時まで勉強。
家に帰って12時まで勉強。
これを約半年続けた。
(正直、勉強をした事がないので、自分の記憶力がどこまであるのか解らなかった・・・)
この話をおじいちゃにした事「わしも軍隊に入隊するとき、同じくらい頑張った、結果はどうあれ全力で頑張れ。」と言われた。

合格の知らせをした事、おじいちゃんが「さすがわしの孫や」と嬉しそうに話してくれた。

おじいちゃんは最後までおばあちゃんを愛していました。
80歳過ぎた夫婦なのに、ここまで一途に思えるのはすばらしいと教えてくれたのはおじいちゃんです。

お寺さんが「おじい様は浄土からみんなを見てくれていますよ」といっていただけましたので、
明日からはなるべく、上を向いておじいちゃんに顔を見せようと思った。
そんな一日でした。


※この文章で大丈夫か?


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プロフィール

葛城 勲

Author:葛城 勲
誕生日   1972年9月7日
性別     男性
家族構成  嫁さん+男児2名
住所     大阪府松原市
身長     176cm
体重     70kg

趣味など   
最近ガーデニング
昔からガンプラ
当然ワンピース
毎晩晩酌
パソコンの学校に行きたい!

学歴
松原小学校
松原中学校
清風高校 卒業
東海大学文学部 卒業

出身は大阪
中学生より突然変異により走るのが速くなり、学校では無敵の運動会のスペシャリストになる。その後、高校で陸上部に入部するも低迷。大学卒業後、インテリアの仕事に就きたく大阪の小泉産業?でコイズミ学習机の営業として、9年間務める。父親を通じてウエブリーディングの清水社長と知り合い、ウエブに31歳の時に転職。建築やインテリアの仕事が出来ると思っていたが、スコップと長靴と軍手をわたされ、3年ほど土にマミレル。
現在も土にもてあそばれながら、日々勉強をしている。
2009年に宅地建物取引主任者の試験に奇跡的に合格。
2011年に2級造園施工管理技士と2級エクステリアプランナー取得

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