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忘れられない思い出 高3のセンゴ

昔(さかのぼる事20年以上前の話)ですが、中学から大学までの10年間陸上部に所属していました。
皆さんが嫌がる長距離です。
中学の時は、そこそこ学校の中でも早かったので試合に出れたのですが、
高校になるとレベルが高く出たいレースには出れない日々が続きました。

高校の長距離の花形はやっぱり5,000m。
しかし出場できるのは、チームで3人まで。
僕はそのメンバーには入れなかったので、3,000m障害という
メジャーじゃない競技に出ていました。

府の大会では、他校のエースはみんな5,000mに出場。
でも僕は3,000障害。
はっきりいってモチベーションがあがらず、府の大会で優勝しても「このメンバーなら勝手当たり前」
な感じがあり。もやもやした気持ちでレースに出ていました。

そんな僕にも、10年間の陸上部の生活のなかでベストレースがあります。
高校3年の時に出場した、インターハイの調整をかねて出場した【高校男子1500M】です。

高3の1500mのレベルは100mを16切るペースで走れば、早い部類に入れます。
また3,000m障害は100mを19秒を切るペースで走りますので、スピード感が違います。

しかもこのレースには1500mにインターハイで出場する、P○高校の選手もいる!
まさに僕が望んでいた、ガチレース。
このレースに出場が決まった時の、ワクワク感がいまでも思い出されます。

そして運命のレースが始まります…

スタートの号砲が鳴ると、選手全員全力疾走。
コースの位置取りの取り合いが始まります。
肘を相手の体にぶつけあい。またショルダータックルなど、約200mほどは戦争です。
僕の目標はあくまで、P○高校のT君のみ。他は眼中に無し!
インターハイ選手に勝って、一泡食わしてやるぜ!とやる気満々でした。
相手は大阪NO.1選手です。負けるわけにはいかないプレッシャーがあるはず。
こちらは失うものは何もなし!冷静にT君の背中だけを見て走りました。

1000mを過ぎたあたりで、T君がスッと先頭に立ち後続を広げにかかります。
さすが、インターハイ選手スピードが違います。
こちらも力を温存しながら、T君の背中に取り付きます。
このままラスト100mまで行けば負ける!粘っただけのレースにはしたくないと思い。
僕はラスト200mで先頭に出る作戦にしました。

しかし、走る動きで作戦がばれてはダメなので、わざと呼吸を乱しこれ以上は着いて行けない!
とう感じで追走。(この辺が少しセコイ…)

ラスト200mで呼吸をいったん止め、無呼吸で全力疾走開始!!!

T君を抜き先頭!

ラスト100mを先頭で通過!

T君もラストスパートを開始!

しかしこちらも、粘りに粘り相手の足音を聞きながら、2段階スパート開始!
(この辺では完全に酸欠状態)

T君が数センチ単位で迫ってくるのを感じながら、とにかく逃げる!

じりじりと追いつかれているのが解るが、これ以上のスピードは出せない!

ここからT君の恐ろしさを知る。

ラスト50mで彼はさらにスピードを一段階上げたのだ!

スローモーションのように彼が僕の右横をすり抜けていく・・・

「早い、やつは化け物か?」

T君と僕はほぼ同じスピードなので、時間が止まっているように感じられます。
夢の中のようにゆっくり時間が進んでいきます。

そして気が付けば、僕の目の前にT君が走っている。

そしてゴール!!!

T君がガッツポーズをしています。
その時正直嬉しかった。なぜかというと、彼も必死だったという事をしったからです。

T君にとって余裕のレースではなかった事を知って、その瞬間充実感が湧きあがりました。

レース後、彼にP○高校と書いてあるTシャツをもらい、お礼としてレースで履いていた
スパイクを彼にあげました。

その後T君とは連絡を取り合う事もなく、日常の生活に戻りましたが、
あのレースだけは何故か忘れられないベストレースです。

いまでのP○高校のTシャツは家にあります。

たぶんT君にとっては、ただの一試合だったと思いますが、僕に取っては忘れられない試合です。






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プロフィール

葛城 勲

Author:葛城 勲
誕生日   1972年9月7日
性別     男性
家族構成  嫁さん+男児2名
住所     大阪府松原市
身長     176cm
体重     70kg

趣味など   
最近ガーデニング
昔からガンプラ
当然ワンピース
毎晩晩酌
パソコンの学校に行きたい!

学歴
松原小学校
松原中学校
清風高校 卒業
東海大学文学部 卒業

出身は大阪
中学生より突然変異により走るのが速くなり、学校では無敵の運動会のスペシャリストになる。その後、高校で陸上部に入部するも低迷。大学卒業後、インテリアの仕事に就きたく大阪の小泉産業?でコイズミ学習机の営業として、9年間務める。父親を通じてウエブリーディングの清水社長と知り合い、ウエブに31歳の時に転職。建築やインテリアの仕事が出来ると思っていたが、スコップと長靴と軍手をわたされ、3年ほど土にマミレル。
現在も土にもてあそばれながら、日々勉強をしている。
2009年に宅地建物取引主任者の試験に奇跡的に合格。
2011年に2級造園施工管理技士と2級エクステリアプランナー取得

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